業績
昔の科学者のお話です。
マルテンスの業績は高く評価されて、1884年、設立されたばかりの機械技術研究所の所長に任命されました。
しかし、彼が自らの手で開発した金属組織学を、自らの手で推進しようとする希望は満たされなかった。
というのは、材料の顕微鏡的検査は、同じ頃に設立された化学技術研究所の所管とされ、彼の手からとりあげられて、当時ドイツの冶金学界ではなぱなしい活動を展開していたヘルマン・ウェディング博士によって統轄されることになったからです。
彼の熱望が入れられて、ロートアイアンの研究が機械技術研究所の所管となったのは、十何年後のようやく19世紀も終わろうとする1898年でした。
この時以来、この研究所で、そしてこの研究所を継承した材料試験所で、マルテンスとその後継者エミール・ハインの手によって実り豊かな成果が生みだされていくことになるのです。
理論よりも観察マルテンスの業績は外国で大きな反響をよんだ。